敬老の日
毎年、ウチの地区では70歳以上の方に小学校の体育館に来てもらい式典をやっています。
私の母は由比の出なので友人がいませんから、いつも私が記念品を取りに行きますが中身のお菓子で困っています。
ドロップ、見たこともないお菓子、その他。
もらっても困るものばかりで、在庫一掃のような感じがします。
老人やその家族ががもらってうれしいものをいただきたい。
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毎年、ウチの地区では70歳以上の方に小学校の体育館に来てもらい式典をやっています。
私の母は由比の出なので友人がいませんから、いつも私が記念品を取りに行きますが中身のお菓子で困っています。
ドロップ、見たこともないお菓子、その他。
もらっても困るものばかりで、在庫一掃のような感じがします。
老人やその家族ががもらってうれしいものをいただきたい。
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今日は友引だったので昨日お見舞いに行ってきました。
留守の間に隣の実家にお線香をあげに伯母と従姉妹が見えていたので、反対にお線香をあげさせてもらうために母を連れて親戚の家に行ってきました。
仏壇にはナスとキュウリに割り箸を刺して動物の形にしてあり、また線香を置いてあるところは何か編んである敷物でした。
仏壇の中には湯飲みの中に菊の葉が浮いていました。
実家は新家なので、仏壇が今までなかったのでそういう常識的なことはわかりませんでした。
妻に聞けばそんなの当たり前と言われましたが知らないものは知りません。
来年は母がやるかどうかわかりません。
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フリーペーパーに静岡の方言が載っていました。
「あ行」
「いかい」 ・・・大きい
「いごく・いのく」 ・・・動く
「うっちゃる」 ・・・捨てる
「えーかげん」 ・・・いい加減
「おぞい」 ・・・粗悪
「か行」
「かじる・かじくる」 ・・・ひっかく
「かんだりー」 ・・・だるい
「くりょー」 ・・・くれ
「こすい」 ・・・ずるい
「さ行」
「しゃばく」 ・・・破る
「しゃあない」 ・・・仕方ない
「ずっこい」 ・・・ずるい
「な行」
「ぬくとい」 ・・・あたたかい
「は行」
「はだって」 ・・・わざと
「ひっぽかす」 ・・・投げ出す
「ぶしょったい」 ・・・やぼったい
「ぶっさらう」 ・・・打つ
「ぼっこ」 ・・・ぼろ布
「ま行」
「まっと」 ・・・もうちょっと
「みるい」 ・・・やわらかい
「や行」
「やっきり」 ・・・しゃくにさわる
「た行」
「たんと」 ・・・たくさん
「ちーっと」 ・・・少し
「ちゃっちゃと」 ・・・すぐ
「ちょっくら」 ・・・ちょっと
「つっからかす」 ・・・突き倒す
「とぶ」 ・・・走る とびっこ(かけっこ)
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今年の正月に大学生の長男のところには見事に年賀状が1枚も来なかった。
昨年も来なかったんですが、今は携帯メールの「あけおめ」で済ませているようです。
ウチの年賀状ソフトで宛名まで印刷しているので年賀状といえるか分りませんが、確かに年賀状の伝統が無くなりつつあります。
年賀状だけでなく、暑中お見舞いや残暑お見舞い、お礼状も無くなってきています。
昨年、歯科衛生士の方で見学に見えられた方から、他所の歯医者さんに就職したので、履歴書を郵送でお返ししたところ、お礼状をいただきました。
こういう心使いのできるように私もスタッフ教育したいものです。
歯科医院の方が落ち着いたら、矯正患者さんを紹介していただいた方にお礼状を書くようにしたいですね。
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今日は正月のお飾りやお札や破魔矢を燃して団子をを焼くどんど焼きでした。
どんどん焼きは別物だったのでビックリ!
Wikipediaでは、
1月14日の夜または1月15日の朝に、刈り取り跡の残る田などに長い竹を三四本組んで立て、そこにその年飾った門松や中連飾り、書き初めで書いた物を持ち寄って焼く。
その火で焼いた餅を食べるとその年の病を除くと言われている。
また、書き初めを焼いた時に炎が高く上がると字が上達すると言われている。
道祖神の祭りとされる地域が多い。
民俗学的な見地からは、門松や注連飾りによって出迎えた歳神を、それらを焼くことによって炎と共に見送る意味があるとされる。
お盆にも火を燃やす習俗があるが、こちらは先祖の霊を迎えたのち送り出す民間習俗が仏教と混合したものと考えられている。
どんど、どんど焼き、とんど(歳徳)焼き、どんと焼きとも言われるが、歳徳神を祭る慣わしが主体であった地域ではそう呼ばれ、出雲方面の風習が発祥であろうと考えられている。
とんどを爆竹と当てて記述する文献もある。これは燃やす際に青竹が爆ぜることからつけられた当て字であろう。
子供の祭りとされ、注連飾りなどの回収や組み立てなどを子供が行う。またそれは、小学校などでの子供会(町内会に相当)の行事として、地区ごとに開催される。
地方によって焼かれるものの違いがある。
ウチの地区は竹にだるまを付けてやっています。
私のどんど焼きは3月20日かな。
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身延山の初詣に交通規制が3時に解除されるので、2時過ぎに出発していきました。
まず芝川に出るため富士宮のジャスコの渋滞があったので、時間ロスしてしまい、52号はかなり空いていて身延山には3時10分に着きました。
そこから駐車場に上がるまで、約10分かかり3時半には初詣が終わりました。
ウチはそれからお札を書いてもらうために別の棟にお願いに妻がいきます。
その間子どもと時間をつぶしていると、由比の親戚御一行様と会ってビックリ。
こういう偶然って本当にあるもんですね。
また身延山では五重塔を建設中でできあがったら楽しみですね。
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門松つくりに必要な熊笹を従兄弟があると言っていた朝霧高原にとりに行きました。
今日の朝霧高原は霧で視界が悪かったです。
ハンググライダー学校の近くのセブンイレブンを左折したところに熊笹があるということでしたが、道に生えているいるのは熊笹と違いました。
そこで、断念して外神の知り合いのところに行って、熊笹情報を聞きにいきました。
すると、「十里木の別荘の近くに生えているよ。」と情報を得ました。
それで、先に一昨日切った竹を小さく切らなければならなかったので、青木に行き、終わってから大岩経由で神成を通って、大渕に抜け、十里木まで行きました。
こどもにくにの道沿いに熊笹があるわあるわビックリ。
車を止めて、早速熊笹を切り始めました。
ただ金網で囲まれているところの熊笹は立派で、それを切りたかったんですが、交通量が多く、無理で仕方なく十里木カントリークラブの入口の道路沿いの熊笹を切ってきました。
あまり量は無いので、明日竹を切ってから従兄弟に教えてもらって朝霧高原に再度チャレンジしてきます。
疲れましたぁーー!
それから6時半に患者さんを診ました。
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朝方、結構雨が降っていましたが、午後には上がって時折空が明るくなっていました。
隣保半の班長を隣の実家の分をやっていますので、今年もお神輿の世話役で一緒に回ります。
主に車の交通の激しい旧道はお神輿が通過するまで、上下線の車を停めるのが仕事です。
前回9年前ぐらいは、ダイエットしていて、今より20キロ痩せていて、お神輿を担いでいました。
今はもう無理です。
若い衆がウチの天王町は少ないんですが、あちこちから応援で毎年担いでもらっています。
今年も休憩する所で、ビールをご馳走になって、すっかりいい気分でした。
来年は参加できませんが、毎年お天王さんがくるとそろそろ梅雨明けです。
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子供の頃からウチの地区の祭り「お天王さん」が明日行われます。
本当は7月14日にやるんですが、今年は中学生の中体連のために1週間早くなります。
あまり由来なんて考えていませんでしたが、富士市の祭りに吉原の祇園祭(お天王さん)がありましたから、コピペしておきます。
平安時代の初め、貞観十一年(八六九)京の都に疫病が大流行し、庶民は勿論、貴族階層まで苦しめることとなりました。
医療の方法もほとんどなかった当時としては、神仏に加護を求めるだけが頼りでした。その頃、八坂の地に祗園社が定まり、祗園御霊会(ギオンゴリョウエ)が催され、悪霊退散、疫病追放をひたすら祈り、願いました。御霊とは此の世に怨みをもって不幸な死を逐げた人の荒々しい霊が現世の人に、病気や災害を与えるのだと、当時の人々は信じていたため、それを鎮める祭りは以前から行われていましたが、それが御霊会であり、悪霊を鎮められる強い霊を持つものは誰であろうということで、もとインドの祗園精舎の守護神であった、牛頭(ゴズ)天王を祀り、又、民間では男神、素盞鳴命(スサノオノミコト)が祀られるようになりました。
八坂の祗園社で御霊祭が催されることになると、八坂神社と牛頭天王、祗園が同じ場所にあるため接近し、祗園会(ギオンエ)という形で合体するに至ったといわれています。
京都における祗園会は長い歴史の中で、戦乱などにより一、二度、絶えたこともありましたが、明応九年(一五○○)六月再興され今に続いています。
牛頭天王や、素盞鳴命を神輿に祀り、これを担ぎ、村の中、部落の中を荒々しく暴れ回り、悪霊、疫病を退散させる「御霊信仰(ゴリョウシンコウ)」の祈りは、祭りの形となって京都から各地の宿場や農村漁村へと拡がっていったようです。その流れを汲むのが現在、日本各地で行われている祗園祭であり、天王さんの祭りです。
祭りの形は、地方によって趣を変えていますが、日本の祭りの大方が、地方から発展してきたのに対して、都から始まり地方に普及した数少ない祭りが祗園祭、天王さんだと思われます。
また、一説には、祗園を祭るのは、主として水神信仰によるものとの説もあるようです。
今、祭りは、揃いの浴衣に鉢巻き姿の子供達、若者達が担ぐ神輿のかけ声や、飾り付けられて引き回しされる山車の賑やかな囃子の音が街中に響き、六月、梅雨時のうつとうしさを吹きとばすような盛り上りです。
吉原の祇園祭は山車が出て、毎年雨が降るので有名です。
それから1ヶ月後に「お天王さん」が各地で行われます。
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